懐かしい駄菓子屋さん

懐かしい駄菓子屋さん

2016.09.22

住宅

皆さま、こんにちは!小林です。

大きな台風が来ました。

例年通り、この時期は台風で悩まされます。風や雨が大丈夫か?現場の安全を

確認して回ります。スタッフや職人さんも総動員です。

台風が沖縄に到達する前に保全はしてあるのですが、台風が到着したその日に、

やはりパトロールしておきたいところです。

河川の増水や道路の冠水も気をつけて、安全を確保して回ります。

いま、建築中のお客様、どうぞ、安心してくださいね。

加藤さん

道路の冠水、河川の増水で思い出しました。

「加藤さん」。

「加藤さん」は正確に言うと「加藤商店」。駄菓子屋さんです。

 

私が幼い頃、この「加藤さん」の前の川(幅1800mmくらいの小さな川です)が

あふれて、道路が水浸しになって、そこを兄と一緒に自転車に乗って、流れの中を

「加藤さん」に向けて走ったことを思い出しました。

 

その頃のは、災害と言うほどのものでもなく、河川の幅が狭いものですから、

単純にたくさん雨が降ってあふれただけなのですが、小さい二人にとっては、

そのあふれた水の中を自転車で走る―――、すごいアドベンチャーだったのです。

 

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幼い私たちが加藤商店を「加藤さん」と呼んでいたのは、今思うと、なぜなんだろう?と

頭をかしげますが、当時の村の子供たちは、唯一、一軒だけある駄菓子屋さんを

みんながこう呼んでいました。

私は、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんと一緒に住んでいましたから、

毎日、お小遣いを20円もらって、駄菓子屋に行っていました。

 

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アイスクリーム、お菓子に飴玉、箱抜きのクジ、ヒモを引っ張るクジ、黒砂糖で作った

パンのような「クロ棒」というものもありました。思い出します。

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お店の番は、おばあちゃんがやっていて、時々、怖いのです。

子供が何を買うか?決めかねていると、「おまんたら、はよ決めな!」と

名古屋弁ともとれる口調ではやし立てるのです。

 

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でも、時々、おばあちゃんの息子さんが店番をしている時がありました。

息子さんと言っても、会社に働きに出かけていて、会社が休みの時とかに

店番を変わっているだけのようでした。

 

そのオジちゃん(小さい頃ですからこう呼んでましたが)はとても優しくて、

私が欲しい「当たり」があって、何度かそれを引いても当らなかった時に、

一緒になって、横からくじを当たるまで引いてくれて(無料で)、

当てた当たりだけを「どうぞ」とくれたりしたのです。

 

「きっと、商売にならないだろう」と幼心に思ってはいましたが、

その優しさに感激もしていました。

 

「加藤さん」。私が見学会のイベントで「ちっちゃな駄菓子屋さん」を

ときどき行いますが、これは「加藤さん」がモデルとなっているのです。

 

いまはお店をやめてしまっていて、その時の恩を返すこともできません。

でも、そうしてもらったことと一緒のことを、

今度は私が、別の人にしてやりたいと思います。

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