こんにちは!
私はサティスホームの廣田康之です。
私廣田と現社長小林(小林家に養子にいきました)は実の兄弟です。
私たちは菰野町で生まれました。小さい頃はあまり裕福ではありませんでした。
家はトタン張りの6畳1間と台所だけの家。そこに家族四人が暮らしていたのです。
トイレもお風呂も家の外でした。汲み取りのトイレは木の床に穴があいているだけのトイレ。
トイレというより、便所。夜中にトイレに行くのがとても怖くて、
いつも弟と一緒にトイレに行っていました。
お風呂はさらに離れていて、今で言うゴエモン風呂のようなお風呂。
父はほとんど家に帰らなかったので、私たちをお風呂に入れるのはいつも母でした。
母は毎晩私と弟を交互におぶって、30m離れたお風呂へ連れて行きました。
マキのお風呂は、入っているときにも何度か火を焚きに行かなければなりません。母は私たちをお風呂に入れては火を焚き、体を洗っては外へ火を焚きに行きました。今ではほとんど見ることのできなくなったマキをくべるお風呂です。マキのお風呂はお湯の温度を一定にするのがとても難しいのです。
私と弟をお風呂に入れながら、母は何度かマキをくべなおしに外へ出て、釜にマキを入れ、パタパタとあおいでいました。
「湯加減、どう?」と母が聞きます。
「ええ感じになったよ」と私たちが答えると、又お風呂に戻ります。
お風呂が終わると、又私たちをおぶって部屋へ連れて帰るのです。
雨の日も、雪の日も。
私は毎晩、母の背中で夜空を見上げていました。
ほとんど湯船につかる時間の無い母の背中が、
とても冷たかったのを覚えています。
初めて家にガスのお風呂が入ったのが小学校四年生のとき。
「これでもう、ほんとうに楽になるわ」
そう言って喜んでいた母の顔を、今でも忘れることが出来ません。
私はその時の母の喜ぶ顔を見て、
「大きくなったら家を建てる仕事をしよう」と決意しました。
小学校6年生の作文で、「けんちくせっけいぎしになって、良い家をつくります」と書いた事を覚えています。
それが、私が家づくりの仕事を選んだきっかけなのです。
本当に家づくりが必要なときは「子育てのとき」。
子供たちが大きくなって巣立っていくまでの子育て世代こそが、家族に家が必要なときだと私は考えます。
ただ、子育て世代は住宅以外にも、いろいろな資金が必要になります。
高い土地や無駄な建築費用で、後々の生活を苦しくすることはもうやめて下さい。
そんな無駄なお金をかけなくても、本当に良い家が出来るのです。
私たちはそのための努力を日夜続けています。
どうか、
「無駄な経費は使わず、子育て世代の人生をもっと謳歌したい」
そんな方こそ、私たちにお声を掛けていただきたいのです。 |